日々の残像VI〜音楽と暮らし〜

残像のブーケ/大森元気のブログ - since April 2019

京都の友人・シライ君の訃報

シライ君の訃報

前記事・前々記事に書いていたとおり、京都の友人・シライリゾートオーケストラというバンドのリーダーであるシライ君(白井雄一朗)が意識不明だというニュースが入ってきたのが6月23日。それから約1週間、不安な日々を過ごしていたわけですが、7/4残念なことに亡くなったという報せが。


www.youtube.com

この報せのちょうど1年前、久しぶりに一緒にライブやって最高なセッションもした。それからたった1年で突然いなくなるなんて....。あまりにも大きなショックと、空虚感に襲われました。

(当時のSNS投稿より)

なんだよーなんだよー、意味がわからないよ、、、

この15年京都でたくさんお世話になった恩人。ツーマンライブ当日の朝に彼が尿路結石になったり、彼らが出演したオールナイトのカオスなイベントに急遽まぎれこんで演奏したり、家に泊めてもらったり。彼の「未来です」を勝手に東京でカバーしたりもしてた。笑顔ばっかり浮かんでくるなぁ。

去年も楽しくセッションしたばかりだったのに。ここからまだ1年たってないし、なんなら、このときのブログをやっと書いたタイミングだったのに。(動画を編集してたその日に意識不明のニュースを受け取ったのでした)

当たり前が当たり前じゃないことをこれでもかと痛感する。

でも思いつきで久々に....11年ぶりにツアーして、最後一緒に歌えたから不幸中の幸いと思うことにする。つらいけど。(ツアーしてなかったら、一年遅れたら、会えないままサヨナラだった....)ソウスケ君もキコリちゃんも偶然来てくれて飛び入りでセッションして、奇跡みたいな夜だった。あれが最後だった。宝物みたいな思い出を本当に本当にありがとう。

物腰やわらかく、一見ヘタレのように見えるのにみんな頼りにしている。酔い潰れてるのに世話好きで。誰からも好かれてたシライ君。どうか安らかに眠ってください。たくさんたくさんありがとう。

楽しい思い出ばかりだ。だから余計につらい。どうか安らかに..

 

シライ君との思い出

以前のブログと一部重複するけどシライ君との思い出を振り返ってみたいと思います。

16年前の写真

シライリゾートオーケストラ (以下シラオケ) と出会ったのは確か2010年。そのとき僕は自分の新バンド「花と路地」と並行して、ギタリスト&サブVoとして「泰山に遊ぶ」というバンドにも在籍していました。

その泰山の、京都でのライブをセッティングしてくれたのが多分シライ君だったのだと思います。「ちゅらこんぴ」という沖縄料理店の2階で、彼らと泰山でツーマンライブ。

シライリゾートオーケストラはいろんな編成があるけどこのときは3人編成だったかな。バイオリン・鍵盤ハーモニカ・トイピアノ、さまざまなパーカッションなどを持ち替えながらカラフルなサウンドなのはずっと共通している。

本編後はセッション大会になったりして、よくあるような、曲を決めて1曲やって終わりというものではなく、ず~~~っとエンドレスのジャムセッション。確か海外のお客さん達(アダムとジョンという若者だと当時のブログで判明)とかも飛び入り参加して、お酒も進んで大盛り上がりでした。当時記事のタイトルにもしたけど本当魔法がかかったような夜でした。

同じ年に今度は僕のソロとツーマン。京都の人気喫茶店でありライブもよく開催しているSOLE CAFEさんで。このとき確か彼は当日朝に尿路結石になったんじゃなかったかな。そして石とディランの曲名にかけて「ライクアローリングストーン」なんて新曲を書いてました。

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僕は自分のバンド花と路地とも絶対合うから一緒にやりたい!と思って、翌年花と路地で京都に呼んでもらったり。花と路地もいろんな楽器があるから絶対合うと思ったんですね。


花と路地Facebookページよりスクショ

今は多分閉店しているのかな?「100000t」(じゅうまんとん)という古本屋さんで、シラオケ、花と路地、そしてHAPPLEとスリーマン、やりました。HAPPLEは前身である“いなかやろう”一夜限りの復活もあり。これも本当素敵な夜だった。

100000tでのシラオケ


花と路地

HAPPLEとその前身いなかやろうの一夜限り再結成
(画質がよいのが見つかりませんでした失礼、、)

そして2013年。ソロツアーの京都篇を組んでくれました。家に泊まらせてもらったのもこのときかな。写真はないのだけど、翌朝、彼の家から出発して田舎道をのんびり歩いたのもすごくよく覚えていて。とてもいい思い出。



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少し時は経って、と言ってももう9年も前ですが、東京の代々木で平松稜大君とデュオ編成でライブをするってときにシラオケが対バンでした。

それで、僕の持ち時間に1曲、当時の新曲だった「旅するように歌うのだ」でシラオケの2人に入ってもらったのもよい思い出です。

シライ君とよっちゃんはスタジオに入ったわけでもなく、当日のサウンドチェックだけで本番入ってくれたのでした。細かいこと何も言ってないのにこんなに素敵にしてくれた。このままレコーディングもしたかったくらい。

こちらのラスト曲 (24:20~) ↓


www.youtube.com

「旅するように歌うのだ」2017.10.08@代々木Barbara
大森元気×平松稜大withシライリゾートオーケストラ シライ&よっちゃん

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そして冒頭に戻りますが、2024年。

11年ぶりにツアーをすることになりやっぱり京都か大阪のどちらかでは歌いたいなと。シライ君とはずいぶん連絡を取っていなかったのですが(おまけに京都市内を離れたそうで)ちょっと躊躇はしましたが、時々は京都でライブしてるっぽい投稿もあったので連絡を取ってみました。

そしたら連絡してすぐ会場(キャロルキングさん)を押さえてくれたのでした。

キャロルキングでのリハーサル時

あとは冒頭に書きましたが、奇跡が起こって急きょ友人2人(ソウスケ・キコリ両氏)もまじえて最後大セッションで感動したなぁ。「音楽って本当いいなぁ」って酔ったシライ君が連発してたけど、彼と一緒のときには僕は本当に毎回それを痛感している。毎回毎回そうでした。

シライ君安らかに

告別式の写真お借りします

人の命はいつか尽きるし、何があったっておかしくないのはわかってるけどさ。だれがこんな未来を予想できたろうか。

シライ君を知らない人も読んでるかも知れないけど、そしたら身近な友人に置き換えてみてよ。日々を大事にしないとなぁとあらためて思う。言葉にすると月並みなんだけど。心から。

(当時SNS投稿より)

通夜・告別式行けなかったのでせめて。(連名の意味をこめて花と路地にしちゃったけどそれなら泰山も書けばよかったかな。そっちが出会いだったしね)

...てかよくあるスーパーのやつだから何の霊力もないと思うけど。行けなかったもどかしさを自己満足で解決してるだけだろうか。

でも、そもそも広い意味で言ったら通夜や葬式だって自己満足というか(と言ったら語弊があるけれど)。故人を見送ると同時に半分以上は残された人達のためにあるものだよなと思ったりもする。(宗教を否定しているわけではないです)

お棺に納まってる本人にちゃんと会って、石を打って、見送って、骨を拾って。そうすることで本当に亡くなったのだと「認める」というか。(もちろん仏教以外もそれぞれのやり方で同様に)。

悲しみは消えないけど、何かそれで次へ進むためのきっかけなり区切りなり、そんな役割があるんだと思う。

そんなわけで僕は葬式に行けなかったので、まだ実感が湧かないでいる。


15年のあいだで直接会ったのってよく考えてみたら10回もいかないかも知れない。それなのにこんなにも喪失感が大きいのかと驚く。彼の人柄なのか、一回一回が思い出深かったからなのか、音楽的にも共通する部分があったからなのか。

油断するとまた次に京都のどこかでライブ組んでくれないかな、飲みにも行きたいな、なんて思ってしまいそうになる。だめだね、切り替えないと。

とにもかくにもシライくん安らかに。スーパーマーケットの七夕様、どうか彼をよろしくです。

 

 

たるたにさんも亡くなった

画像引用:公式より

シライ君がいなくなった空虚感がまだ続く中、今度はぱぱぼっくす・たるたにさんの訃報。闘病していたのかな?僕は全く知らなかったので突然のしらせでした。
残像カフェとしてCDデビューをさせてもらった頃、特にその数年間はよく一緒になりました。初めての関西遠征でも対バンでした。

その後も弾き語りでよく遠征したものですが、ときどき一緒になったり、会場や打ち上げで一緒だったり。

ここ10年くらいは僕も遠征しなくなったりでご無沙汰していたのですがSNSでアカウントを見つけたのが1〜2年前かな。それでよく投稿を見たり、いいねしたり、ときにはコメントしたりもしていて。また会える日が来るといいなと思っていたから本当にショックです。

知っている人はご存知のとおり、あの風貌。そしてギタースタイル。もう会えないのかと思うと辛いです。昨夜は通夜だったようですが、本人の希望でみんなボーダーシャツを着ていてそれはそれは奇妙だし、笑えるし、でも泣けるし、壮観でした。さすがだ...。どうか安らかに。

Xに書き殴ってしまったけれど、1ヶ月に(というか10日で)2人の友人の訃報はきつい...。(その前には憧れのギタリスト徳武さんの訃報もあったし、そのまえはワッキー先輩も。スライやブライアンウィルソンなどレジェンド達も...)

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自分も歳をとったということだし、もうこれは自然の摂理で仕方ないことなのかも知れないけれど。こういうことがこれからどんどん増えていくかと思うとさらにきつい....。

SNSやめてもう色んなことを知らないままでいたい。でも、、それもできないしちょっと色々追いつかないなぁ....。そういう心のダメージに慣れたいとは思わないけれど。

とにかくただただご冥福をお祈りし、そして残された音楽や思い出を大切にしていきたいと思う。